赤帽として開業した1997年の頃の話から現在の株式会社ももちゃん便として過ごすまでの時代。

つまり運送業界に来てからが人生で一番楽しかった時期だと思います。

恥ずかしい話も含めて思い出を書いて見たいと思うので、これから赤帽を始める人や同じように脱サラして頑張っている人の参考になったらと思います。

赤帽として個人事業を開業

1997年の12月に仙台にある赤帽宮城中央センターに所属して赤帽として開業しました。

20年以上も昔の記憶なので、開業した12月よりも数ヶ月前から赤帽宮城に出入りして加盟説明会に参加したり、新人研修を受けたりしていたんじゃないかな?と思うのですが、数ヶ月前からだったのか?数週間だったのか?

質問魔だった研修

堅苦しいエンジニアだった私はどう考えても浮いていたので、研修会では堅苦しい質問をしたりして、研修の先生だった赤帽宮城の当時の副理事長さんにうるさがられておりました。

あんまり質問ばかりしたので、

「黙って組合の言う通りに働けば良いんだ!」

と怒られました。

当時は俺の質問が鋭くて、回答に困ったための逆ギレかな?と思ったんですが、今になって思えば、商売も運送業も全く未知の世界で何も知らない私が頭の中だけで考えていた状態。

まずは実際に経験して見て、その経験を通して学べと言う事だったんだと思います。

走らない

当時、時代は佐川急便が元気一杯で高収入の運送屋のイメージで目立ってました。

その佐川さんのイメージから運送屋は荷物を車から持ち出したら走るんだと思ってました。

実際の業務を通じた研修で、実務研修の担当だった当時の専務理事から

専務:「ももちゃん、走らない、走ってはダメだ」

と注意を受けました。

もも:「だって佐川さんは・・・」

専務:「コマーシャルなどの影響だね。確かに佐川さんは荷物を抱えて走っているけど、赤帽ではあれはダメ。」

「荷物を持った状態で転んだら?どうなるの?」

「数メートル走って何秒短縮なの?そんな事よりも、大切に安全にお届けするのが赤帽の配送スタイルだから」

もも:「はい!」

大いに納得でした。

確かに、最優先はスピードよりも安全に確実なお届けですよね。

この方針は株式会社ももちゃん便になった現在も継続しております。

 

 

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