学生時代の私を知る人やサラリーマン時代を知る人からは、私がチャーター便会社を作ったのは意外だそうです。

安定志向の私がなぜ?

  1. 安定を求めて大企業(沖電気工業株式会社)に入ったのに、なぜ自営業者(小さな会社)を起こしたのか?
  2. 子供の頃から夢のエンジニアを捨てて運送屋になった理由?
  3. 身内は国家公務員だからけの中で異例な商売人への道

周囲は家族も友人も想像出来ない私の進路だったようです。

そもそもの開業理由

  • 「直接、人の役に立つ仕事をやりたい」
  • 「喜ばれる仕事をしたい」

単純にそう思ったからです。

沖電気工業は快適だった

沖電気工業株式会社では、幕張のWBGオフィース、芝浦本社ビル、三鷹の電気通信研究所での仕事など、まるでトレンディードラマの世界でした。

快適なオフィース環境だったのに、それを捨てて小さな運送屋をスタートした事は、いま思い起こしても無謀で、職業柄、論理的思考をする派だった私が選択するとは思えない決断でした。

でも、これが人生を大きく左右する正解だったと思ってます。

写真は懐かしい海浜幕張駅前にあったWBGと言うツインタワーです。
当時はここの8F、9Fに私が通っていた沖電気工業のフロアーがありました。

幕張メッセ近くのワールドビジネスガーデン

ここは快適すぎる最先端なビルでした。

どれほど快適かと言えば、豪雨、雷雨になっていても窓際の席にいたとしてもブラインドが降りていたら雷雨でも強風でも全く気付か無い。

季節感がない

音が全く聞こえない、窓が開かないビルでした。

朝ドラで律くんが課長として勤務していた時の大企業のオフィースと同じですね。快適だけど季節感が無かった。

おそらく大多数の人には最適なビジネス環境でしたが、田舎者の私には今の仕事の方が日々季節を感じて外の空気を感じて走るチャーター業者がぴったりでした。

大企業が悪い訳ではない

ここまで書いてみて、まるで沖電気工業のオフィースが不満なのか?WBGがダメなのか?と誤解があったら困るので補足します。

私以外の大多数の人には最適な仕事、最高に快適なオフィース環境だと思います。

だから私には自然に触れる今の運送屋生活が合っていたと言うだけです。

逆に言えば、ほとんどの人には、私が合っているチャーター業者の生活は辛いんだと思います。
24時間、365日、売り上げ不安定、業務内容(行き先)は日々バラバラ。
これが我慢できない人が多いようです。

それでも私は外が良い

夏は暑い中、冬は大雪の中、あるいは台風の中、どんな時にも外仕事です。
季節感があると言う事は、四季の自然の猛威の影響をモロに受けると言うことですから。(笑)