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1997年 沖電気工業株式会社を退職(脱サラ)

幕張のWBG、東京芝浦の本社ビル、三鷹の電気通信研究所など、まるでドラマの世界みたいな素敵な職場で技術者として勤務してましたが、軽運送業者になる決意と共に脱サラました。

幕張メッセ近くのワールドビジネスガーデン
海浜幕張駅前のWBG
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1997年 赤帽ももちゃん便の開業

妻と子供を養うためには休む暇はありません。脱サラしたすぐ後に赤帽ももちゃん便を開業しました。開業エリアは運送業の仕事量の多い首都圏も考えたのですが、土地勘のある仙台へUターンしての開業となりました。

赤帽時代にテレビ取材中に撮影された写真
赤帽時代にテレビ取材中に撮影された写真
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1998年 インターネットフル活用の宣伝スタート

サラリーマン時代のIT経験から当時まだ東北の赤帽では珍しかった手作りホームページによる宣伝とメールフォームを使った商談システムを採用しました。
当時はiモードがサービス開始するなどタイミングが良かったです。

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2004年 赤帽ももちゃん便から赤帽ももちゃん便グループへ

赤帽ももちゃん便としての営業ではなく、赤帽ももちゃん便グループという名称で営業開始。
自分自身が走るよりも沢山の赤帽仲間に配車する業務が多くなって行きました。

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2007年 赤帽組合の広告塔になる

当時最先端だったインターネットを活用する営業方法が話題となり、テレビの密着取材( 東北放送 、 仙台放送 )や TBCラジオ、全国誌(リクルートアントレー別冊独立辞典特集)など頻繁にメディアに出させて頂いた経緯で、当時の全国赤帽組合連合会の副会長(森氏)とも懇意にさせて頂けるようになりました。
首都圏の赤帽組合連合会の入会案内パンフレットでもモデルケースとして私と妻が掲載されて赤帽の広告塔的な立場になっていた時期でした。

リクルート アントレー別冊独立事典
リクルート アントレー別冊独立事典
リクルート アントレー別冊独立事典
リクルート アントレー別冊独立事典
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2008年 赤帽ももちゃん便から株式会社ももちゃん便へ法人化

既に赤帽ももちゃん便グループとして可動台数も多かった頃、たまたま主要取引先との契約で法人格が必要となった為、若干背伸びでしたが法人化しました。

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2009年 パワーゲート車を導入して医療用超音波装置の輸送開始

パワーゲート
この写真は背の高い荷物を積む為にカマチを外してます

赤帽専用サンバーのスーパーチャージャーエンジン仕様でした。2台ともパワーゲートを装備してます。

コンテナはホロ付きコンテナで幌材質も厚手で尚且つ二重化して強化され風防も付けて高速道路の走行にも万全の体制を整えました。

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2011年 東日本大震災(3.11)を経験

当日は、早朝から午後まで、多くの台数を沿岸部に配車する定期業務がありました。幸いにも一台の赤帽仲間も失うことなくすみました。
しかし、主要取引先が複数社津波の被害に遭ってしまいました。
一方で被災地への支援物資のチャーターが多発して休む暇もなし。テレビでは放送されないほど本当に壮絶な世界を目の当たりにして人生観が変わりました。

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2012年 赤帽フランチャイズを卒業

赤帽の看板を下ろすのは寂しくもありましたが、赤帽組合には赤帽専用サンバーしか買ってはならない縛りがありました。私は赤帽車以外の車を使いたい思いから赤帽組合を脱退することに決めました。現在の赤帽組合の規定は存じませんが、当時、もし、赤帽車を持っている上で、二台目以降の車については自由選択だったなら脱退はしなかったのかもしれません。
お世話になった赤帽組合と良い関係を保ったまま、好きな車を購入する目的で円満卒業することにしました。

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2012年 赤帽車以外のターボエンジン車の導入

企業向けの緊急チャーター便のお仕事には、ターボエンジンの車が最適だと考えていたので、ようやく夢叶って導入できました。当時の赤帽車は過給機付きと言えばスーパーチャージャーがあったのですが、スーパーチャージャーの欠点は燃費が悪いことでした。チャーター業務における実用燃費がリッター5Km程度でしたので経費としては辛いものがありました。エブリーのターボはオートマだったので乗用車気分と首都高渋滞でクラッチで足が疲れない嬉しさを知り、サンバーバンのターボ車ではMTターボの素晴らしい燃費と走りが良好で満足でした。

サンバーVCターボ
サンバーVCターボ
エブリーJOINターボ
エブリーJOINターボ
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2014年 超音波装置の輸送にパワーゲート軽トラではなく軽ワゴンのスロープ構造変更車を導入

当時は世の中にAmazon配送がなかった時代なので、乗用ワゴンの営業用黒ナンバーは非常に稀でしたが、その時代にN-Boxカスタムターボのスロープ車を構造変更(車検の取り直し)してパワーゲート車の仕事をN-Boxで行うようになりました。軽トラの良い点、N-Boxの良い点がそれぞれありますが、ももちゃん便にはこれで正解でした。

パワーゲートを超える安心感
N-Box構造変更車両
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2015年 声優・俳優の娘をHPイメージガールに起用
絵理香 Still Wood Garden
絵理香 現在は事務所に所属せずフリーの声優、俳優として頑張ってます
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2025年 株式会社ももちゃん便→ももちゃん便へ戻す

東日本大震災(3.11)の津波被害、その後コロナ自粛により業界に変化がありました。大規模な定期便(毎日、多くの台数を定期的に動かす)の仕事は段階的に終了し、スポットチャーター便と精密機械の時間指定配送に経営の軸足がシフトしました。
スポット対応は固定費をかけない身軽な個人事業主の方が都合良く、更に法人格が必要だった企業様との契約も3.11以降ほとんどが終了していたこともあり、法人格を維持するメリットが無くなり、15期の節目で株式会社は解散処理を行い、個人事業主ももちゃん便に戻りました。元々、身の丈として個人事業主だったので、これでホッとしております。解散というと倒産と誤解されることがありますので補足しますが、解散とは借金など無い状態で半年程度の時間とお金もかけて行う正式な手順です。
しかも、株式会社ももちゃん便から営業内容はそのまま引継ぎ、今でも「ももちゃん便」として変わりなく営業しておりますのでご安心ください。

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2025年 貨物保険を1500万円にレベルアップ

法人から個人に戻すことで身軽になりました。しかし信用度まで軽くなっては困るので、貨物保険は株式会社時代の1000万円ではなく、1500万円に増額させていただきました。
今まで以上にご安心して仙台軽貨物ももちゃん便をご活用ください。もちろんインボイス対応ですし。