仙台の急ぐ配送に(株)ももちゃん便(旧赤帽ももちゃん便)。受付:090-4312-7844

赤帽から運送会社

脱サラして、赤帽ももちゃん便と言う個人事業主として創業したのですが、試行錯誤を繰り返して色々な経験を経て、現在は法人化して小回りの効く運送会社の株式会社ももちゃん便となるまでの経緯を書いて見ました。
赤帽組合の説明会の話などに触れてますが、あくまでも創業した1997年当時の印象であり、また私個人の主観で書いてます。
もし、軽運送をこれからスタートしようとして、このページを訪れた人が見たならば、今現在の赤帽の実態は私にはわからないですし、あなたの自分自身のご判断で開業するかしないか?赤帽でスタートするのか?他の組織で始めるのか?自己責任で考えてください。

赤帽から(株)ももちゃん便の経緯

※ 表がハミ出す時、横スクロール可能
年度項目その年度の主な出来事
1997脱サラ東京の 沖電気工業株式会社在職中に過労とストレスから重い病を発症した為、業務継続は無理との主治医の判断から退職。(退職後数年で例外的治癒して現在は健康です)
妻はサラリーマンの妻となるべく結婚したのですが、よりにもよって一部上場企業をやめて個人事業になると言う選択肢にも賛成してくれました。
今になって思えば、妻の助けなければ、商売の道は私には無理でした。技術畑オンリーだった頭でっかちでしたから。
当然ながらこの選択には周囲の反対は激しい中、当時は国家公務員で安定した職と社会的地位を重んじるであろうはずの父が反対しなかった事も救いでした。
しかし、この選択は、この先、つい最近まで妻を筆頭に、子供たち、両親にも迷惑をかける選択だったのですが、当の本人はとても幸せに頑張らせて頂きました。
1997赤帽開業ソフトウエア技術者から軽運送の個人事業主への転職であり畑違いも甚だしくノウハウが皆無でした。
そこで東京で色々な軽運送オーナー募集の説明会に足を運んでみました。
その中には騙されそうな雰囲気を感じる組織もあり、うまい話ばかり聞かされてそんな甘い話があるのか?と半信半疑でした。
そんな中で当時の赤帽の説明会では、甘い話をあまりせず、開業を進める話もなく、更に私の開業予定の仙台では、東京の赤帽とはまた別な組合組織でもあるので、今一度、仙台でも説明会を受けてから決定すべきだと言う慎重な忠告も受けました。
この東京での体験から軽貨物を開業するなら赤帽だろうと決心しました。
そして仙台に戻り赤帽宮城中央センターの説明を受けてから赤帽フランチャイズに加盟して赤帽組合員として勉強しつつ実務のスタートでした。 
「赤帽ももちゃん便」と言う屋号を取得。
現在の(株)ももちゃん便の原型となる運送店を設立したのが1997年でした。
2004赤帽ももちゃん便グループ業務規模拡大に伴って、自分一人では対応しきれなくなり「赤帽ももちゃん便グループ」と言う名称を用いて、信頼できる赤帽仲間を集めてグループ営業活動を開始。
毎日休みなく、早朝、午前、午後と多くの稼働台数が必要となる業務を複数取りまとめる。
2007赤帽の広告塔となる赤帽組合員としては珍しく、当時最先端だったインターネットを活用する営業方法が話題となり、テレビの密着取材( 東北放送 、 仙台放送 )や TBCラジオ、全国誌(リクルートアントレー別冊独立辞典特集)など頻繁にメディアに出させて頂きました。
その経緯で当時の全国赤帽組合連合会の副会長(森氏)とも懇意にさせて頂いており、赤帽組合の入会案内パンフレットでもモデルケースとして赤帽の広告塔的存在になった時期でした。
2009会社設立「赤帽ももちゃん便グループ」としての組織的な営業に慣れてきて、正式に法人格を取得して「株式会社ももちゃん便」として個人事業卒業
2009パワーゲート超音波診断装置(エコー)のパワーゲート付き軽トラ輸送に取り組む。
軽運送業界では希少価値だったパワーゲート付き軽トラック(ホロ)2台を増車する。
赤帽サンバーパワーゲート
2011東日本大地震を経験東日本大震災3.11がありました。
幸いにも当社の自宅兼事務所は、仙台でも内陸部に位置しており建物、車輛とも大きな被害は逃れました。
また当日の沿岸部への配送は午前中のみで、震災発生した午後には全ドライバーが内陸に戻っており、当社の契約ドライバー全員が無事に生き残りました。
プライベートな話ですが、長女の婿殿は、震災発生から津波発生の時間帯は沿岸部でレッカー車による仕事中だったそうですが、その車を乗り捨てる決断でなんとか無事に命が助かりました。
そのまま避難した高い建物の屋上で一寒さの中で夜を過ごしたそうです。
沿岸部へ嫁いだ長女との連絡が震災の翌日まで途絶えてしまって大変不安になりましたが、家族で複数の避難所を探し回り、仙台市内の避難所の校庭で自家用車の中で仮眠していた娘を発見。
婿殿の待つ嫁ぎ先の東松島市への移動は道路も鉄道も寸断され無理だったので、とりあえず仙台市泉区の我が家に連れ帰りました。
当面は道路も電車も寸断されて連れて行けない状態で親子4人の懐かしい生活に戻りました。
ちなみに私自身は3.11震災発生時刻には、秋田市内で精密機械チャーター輸送途中で秋田は震度5でしたが、秋田全域が停電してそのまま夜になっても回復せず。
ガソリンが無いのにスタンドは閉鎖されており、災害時営業スタンドの看板を頼りに何時間も並んだら「緊急車両のみ受け入れます」と言われ絶望。
家が不安なのに仙台に戻れず、電話も通じない不安な一日でした。
しかし、親切な現地警察官の助けで帰り分ギリギリのガソリンをなんとかゲット。
被災した凸凹道で、街灯も信号も無い真っ暗な夜道を仙台まで戻りました。
そのあとが長女の救出でした。
震災から一週間程度経過した時には、救援物資輸送業務でマスコミも入らない沿岸部の現状を見て人生観が変わりました。
2012赤帽卒業当時すでに赤帽組合からの下請け業務は皆無だったのですが、開業時にお世話になった赤帽組合の看板を下ろすのも寂しく、実態は独立した株式会社ももちゃん便でありながら赤帽のフランチャイズ看板だけ残して来ましたが、逆に個人事業と株式会社の違いなどの点で顧客に混乱を招く場合もあり、また赤帽の看板を所持するには赤帽専用サンバーしか所持できないデメリットもあり赤帽からの脱退(今風に言うと卒業)を致しました。
赤帽時代との違いは、個人引越しを廃止して企業チャーター専門の運送会社として生まれ変わった点です。
純粋に株式会社ももちゃん便として新スタート!
こうしてみると昨年の震災以降に大きな変化がありました。
2012初ターボ導入赤帽所属では無くなったことで、赤帽専用車だけを購入する制限が無くなり、企業チャーターに最適な高性能ターボ車としてエブリーJOINターボ導入しました。
当社の利用内容では耐久性問題が出て今はホンダとダイハツのターボに切り替え絶好調。エブリーJOINターボ
2014ターボ増車2014年時点で軽貨物で最高性能と思われる車を導入。
ダイハツのハイゼットクルーズカーゴ・ターボのOEM版でスバル富士重工業のサンバー・VCターボ4WD 5MTを導入。
エブリーJOINターボに比較して当社の業務に最適である上、スバルディーラーの対応も赤帽時代からの営業車に慣れている為に修理メンテの対応も素晴らしい。サンバーVCターボ
2014パワーゲート改善これまで力を入れて来た「パワーゲート車」の欠点を改善すべく新型特殊車両の導入。
当社だけのホンダN-Box構造変更車両です。
福祉車両ベースに床を更に低床化するなどの構造変更で営業ナンバー取得。
ホンダディーラーの対応は営業車にさほど慣れてないのですが、大変素晴らしい対応でした。
おそらく、次もホンダで買うだろうと思います。パワーゲートを超える安心感
2015イメージガール当社HPのイメージガールです。
Still Wood Gardenと言う事務所にて声優、俳優として頑張ってます。
声優・俳優の桃井絵理香HP
桃井絵理香 声優 俳優 ピーベリー

桃井絵理香 声優 俳優

仙台の軽貨物チャーター法人向け窓口 TEL 090-4312-7844 受付時間:7時〜19時(急ぎは24時間)
法人専用窓口なので個人様は赤帽等へお願いします

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会社情報

株式会社ももちゃん便
代表取締役 桃井辰彦
仙台市泉区南中山3−4−17
法人配送受付:090-4312-7844
業務外相談:022-376-9661
mail:sendai@momo-express.com
FAX:非公開中
(※旧アドレスakabou@momo-express.comご利用中のお客様は変更お願いします)

よくあるご質問

Q1:赤帽ですか?
1997年の創業時は赤帽組合所属の個人事業主(赤帽ももちゃん便)でした。その後(株)ももちゃん便と言う会社にステップアップ!
Q2:業務上赤帽との違いは?
法人向けスポットチャーター配送に専念し、個人様の引越受注は終了しました。
個人引越のお客様は私が創業時お世話になっていた赤帽宮城をご紹介してます。
Q3:赤帽から会社にした経緯
創業時に赤帽を選んだ理由と会社設立までの道のりはこちら。

他県の協力会社(赤帽仲間)

取引実績が有る他県の協力会社の一部を五十音順に厳選抜粋リンク。
伊勢崎市:赤帽小久保運送(有)
東京都:株式会社 誠和
札幌市:赤帽シェルパ
大曲市:赤帽高橋運送
立川市:赤帽フリーダム運送
通常のリンク集はこちら
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