創業1997年、サラリーマン、しかも技術者から不安定な仕事、分野としても全く畑違いの軽運送業界に飛び込みました。

あれから二十年を軽く超えてました。その間、この家族が私を支え助けてくれました。

自宅に家族4人が揃った

この4人が揃ったのは、東日本大震災3.11着後の数週間を最後に久しぶりです。

3.11被災時は、津波の影響で長女は嫁ぎ先の東松島市に戻る手段が無くなり、次女も職場に行けず、私はガソリン無く、携帯も不通で仕事にならず。

長女が結婚して以来、まさかの家族の時間が取れました。その時以来、久しぶりの家族写真を最近撮れました。

次女で声優、俳優の桃井絵理香(写真右側)も現在は東京都民になっているので滅多に帰省することもなくなってます。

家族写真

家族で松島観光

左から東京で女優、声優として頑張っている次女の絵理香、後ろは、当社の配車と経理をしながら家事も達人の妻、私の隣は嫁ぎ先から駆けつけた長女です。

娘たちと松島観光
仙台に来た次女(写真左:東京で声優、女優してます)と家族四人で松島観光

配車担当の妻と私

那須高原SAのトイレの人型に同化して見ました。このアイディアはシャッターを切ってくれた長女です。

トイレのマークに同化して見た
トイレのマークに同化して見た

妻のお陰です

安定した上場企業のサラリーマンを辞めて、言葉で言い尽くせない苦労をかけたけれど、そんな私を支えてくれた家族たちをご紹介します。

この写真左の妻には、今でも仕事と私生活両面で世話になって頭が上がりません。

脱サラ前、サラリーマン時代の私は、「俺が稼いで来ているんだ」と言う気持ちが強かったはず。

威張ってた嫌な夫だったろうと思います

良く耐えてくれたと思うし、そんな私が唯一の長所である安定した職を捨て事もあろうに不安定極まりない赤帽になると言った時に反対しないでくれました。

そして赤帽業務を当初技術バカで運送屋さんとしては全然使い物にならなかった私をカバーしてくれた妻がいなければ、現在の株式会社ももちゃん便なんて無かったのです。心より感謝してます。

両親健在にも感謝

そして私の両親は未だ元気で病気知らず。
書いている今日も夫婦二人で外出。

ドコモショップ主催のスマホ教室に行ったりと人生謳歌しております。

両親が今も健康でいてくれるおかげで、私は妻と二人で安心して長距離チャーター業務に邁進できます。

親が健康である幸運にも感謝ですし、赤帽を開業した当初の赤字状態を支えてくれた両親でもあります。

長女も母となり

赤帽開業の当時、長女はまだ小学生でしたが、今では小学生の母となってます。

赤帽開業してから現在では、正に一世代回ったんですね。

世代交代の速さ感じる今日この頃です。

妻と長女ツーショット

長女は東松島市へ嫁いで、既に小学生の母になっており普段会う事はありません。

この日は、女優をやっている次女の舞台観劇に親子三人で東京までのドライブでした。

那須高原サービスエリアで買い物をして、羽生パーキングエリアの鬼平江戸処では長女が好きなうなぎを堪能しながら東京へ向かいました。

那須高原SAにて妻と長女
那須高原SAにて妻と長女
羽生PA鬼平江戸処うなぎ忠八
羽生PA鬼平江戸処うなぎ忠八

久しぶりの姉妹再会

左が次女の絵理香で、現在、女優&声優として東京の事務所所属で活躍中。
みなさま是非応援してくださいね。絵理香の関連リンクはこちらです。

この日は絵理香の舞台を観る為、私と妻と長女の三人で東京中目黒の劇場まで日帰りで行ってきました。

左の絵理香は無事公演終了してホッとした所ですが、今回の公演では、全身に怪我を負ったまま参加したので、痛みとの戦いもあったので達成感も普段以上だったと思います。

右の長女は、久しぶりの妹との再会で涙もろくなってしまったようですが頑張って笑顔で写真に対応しました。

美人姉妹の再会
姉妹の再会

次女も東京で独立

当時は幼稚園児だった次女は、一人独立して東京で声優、女優の道を歩んでます。

娘たちのその時代に私は自営業を無謀にスタートしたので、経済的にも時間的にも余裕を持って接する事が出来ませんでしたが、すくすくと素敵な女性に育ってくれました。

次女は芸能人 桃井絵理香

次女の絵理香は女優、声優と言う人気商売でもありますので当社HPにも登場してます。学生時代はバドミントン部、水泳教室では指導員クラス、小学校時代には極真空手(大道塾)で二年間くらい、社会人としては菓匠三全の販売員として礼儀作法もバッチリ。
こんなスキルある女優が必要だと思ったら是非、桃井絵理香へお声がけください。

桃井絵理香
桃井絵理香

猫も長生き

我が家の飼い猫も今は高齢ですが、開業当時は赤ちゃん猫の捨て猫でした。
この猫も今でも健康です。
私が早朝5時に起床すると、「にゃー」と朝ごはんをねだってきます。とても臆病で人見知りな猫なので、私が東京からUターンして来た頃から何年間も近寄って来ませんでした。

家族それぞれ健康で過ごせているだけでも、どれほど幸せな事かとこの年齢になると思うようになりました。

臆病な猫です

この猫はアケと言う臆病な女子です。
赤ん坊の頃に近所に捨てられていたのを絵理香が学校帰りに発見して連れてきました。
でも当時の我が家は犬、猫2匹、プレーリードッグ2匹、フェレット、亀、その他の動物多数で、とても受けきれなかったのでネットで里親募集して、引き取られて行きましたが、その里親先で数ヶ月育てて頂いたのですが、出戻りさせされてしまいました。
大人の猫になってしまった後の捨て猫では、誰も里親になってくれないので我が家で引き取り正式に家族となった猫です。
当時はたくさんいた生き物たちも加齢と共に減って、今では、このニャンコさんだけになりました。

牝猫
我が家のアケ

ありがとうございます

私の家族紹介をご覧いただいてありがとうございます。これら家族の協力があって、脱サラして今に至るまで当社がやってこれました。

そして当社にチャーター便の発注をくださる企業の皆様のおかげで社会に貢献させていただいております。

このチャーター便の発生する場面は、その多くが製造や物流のトラブル時、あるいは、機械故障による修理部品急送など、お客様企業には不運な場面だったりします。

でも、当社は、その不運な場面に敏速で的確な緊急配送を行う事で、お客様の不運のダメージを最小限に止めるお手伝いになれたらと思っております。

そして生意気かもしれませんが、お客様企業にとっても、長い目で見て、当社チャーターを使う事で利益に繋がれたらと思います。

例えば、そのチャーター便が病院の医療機械メーカー様の故障部品の急送であれば、その機械故障は大変不運な出来事で、企業イメージにマイナスな出来事だとは思いますが、当社のチャーター便で敏速に故障部品が届いて、メーカー様の病院での信用回復に当社が貢献できればと思います。

とても敏速に故障回復が出来たならば、メーカー様の病院での信用確保になり、今後の売り上げにも貢献できると考えて一生懸命に緊急輸送をさせて頂いております。

私を描いてくれたイラスト

姪っ子が書いてくれた私のイラストです。最近、日光金谷ホテルで披露宴をした姪っ子が座席に置いてくれてたメッセージカードです。まるでプロ並みですね。

ももちゃん便のキャラクターは赤帽君から「ももん」になりました

今でこそ、この絵のように楽しく生きてますが、開業から15年間くらいは、歯を食いしばって、額にしわ寄せて、売り上げを増やすことだけに力んで家族に沢山の迷惑をかけて来たなあと思ってます。これから先は、このイラストのように笑って過ごす時間を増やしたいと思ってます。

仙台市泉区 株式会社ももちゃん便090-4312-7844緊急のご相談には24H対応(空車次第)

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