ももちゃん便は、元々は普通にサラリーマンで、脱サラしての赤帽モモちゃん便(個人事業主)になって、今現在の株式会社ももちゃん便になってと言う流れです。

だいぶ昔に赤帽を卒業して独立した運送会社の株式会社ももちゃん便になっております。

ここに書いた内容は、赤帽当時の懐かしい思い出を中心に、これから赤帽など軽貨物業界に入るか悩んでいる方などの参考になれば幸いと思って書いた記事です。

でも、あくまで脱サラや赤帽開業などはご自身の頭で考えて、自己責任で判断してくださいね。

沖電気→赤帽

幕張メッセ近くのワールドビジネスガーデン

一部上場の沖電気工業を辞めて赤帽をやるまでの経緯です。
かなり勇気のある(無謀な(笑))行動でした。

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赤帽について

リクルート アントレー別冊独立事典

その昔、せっかくの上場企業を辞めてまで脱サラした理由、軽運送組織の中でも、赤帽組合を選んだ理由などを聞かれることが多いので、脱サラの情報を必要とする人もいるんだな。と思いまして、昔の話をまとめ始めてます。
今では赤帽も辞めて株式会社にしてますが、我ながら変化のある楽しい人生です。

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赤帽宮城での研修会

赤帽時代にテレビ取材中に撮影された写真

普通のサラリーマンだったので、軽運送業界にツテも全く無く、バブルも弾けたあの時代にどうやって営業したものか?
そこで赤帽組合が運送屋ノウハウの勉強が全てのスタートでした。

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赤帽連合会副会長と

吉良邸にて元赤帽連合会副会長の森さんと

赤帽加入して早々に運良くも全国赤帽組合のトップクラスである連合会の当時の副会長だった森氏に可愛がって頂きながら運送業者として将来の夢を追いました。

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メデイア出演

リクルート アントレー別冊独立事典

まだ赤帽だった時代の思い出です。
テレビでの密着取材、ラジオ生出演、全国紙リクルートアントレーの特集で登場したお話です。
当時の赤帽組合員としては珍しい事を色々やってた事からメディアに出させて頂きました。

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楽しい毎日

手渡し納品は赤帽時代からずっと変わらず

エンジニアから赤帽への転身は畑違いで大変ではありましたが、好きで初めた運送業ですから毎日が楽しく過ごして来ました。
それが今日まで20年以上もやって来れたコツかもしれません。

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最初は赤字を出した

赤帽開業当初は赤字経営でした

赤帽になった当初は赤字でした。
私の場合は開業当初の出費を含めて黒字経営になるまで数年かかったかもしれません。
何しろ元が技術屋だったので、技術的な数字は強いのですが、当時はまだお金計算に不得意感覚があったようです。

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